小野 篤司さんへのインタビュー、最終回です。2020年6月に発売された図鑑『新版 ウミウシ』についてお話を伺いました。
図鑑『新版 ウミウシ』に込めた想い
――今回の図鑑『新版 ウミウシ』のもうひとりの著者である加藤 昌一さんは、前回の『ウミウシ―生きている海の妖精(2009年)』でもご一緒されていたんですよね。本をつくる前から面識はあったんでしょうか?
面識はありませんでした。加藤さんからウミウシの同定についてメールをいただいて、やりとりをしていくうちにいつの間にか全部の監修、ということになりました。
今回の図鑑『新版 ウミウシ』のはじめに、座間味まで会いに来てくれました。どちらの本も加藤さんの繋がりがなければ実現しませんでしたよ。
――図鑑『新版 ウミウシ』をつくるにあたって、こだわったポイントについて教えてください。
ウミウシの図鑑として、ウミウシ愛好家やダイバーが種を判別しやすく、正しい知識を得られるように細心の注意を払っています。具体的には日本で見られるウミウシということで国内での撮影写真のみを使いました。また、極力、成体で十分な発色があり、損傷のないウミウシのものを選びました。
当初は前回の写真を使い回していたんですが、若齢のもの、色が分布中心地の個体より淡いもの、損傷個体などはできる限り差し替えています。分布の端の方では色の発現も未熟で、成体になれない個体や生殖能力のない個体も多くて。でも、図鑑に特殊なものが標準として掲載されてしまうと同定しにくくなるし混乱のもとですからね。そういうのを図鑑で使うのは避けたかったんです。
反面、変異やバリエーションが知りたい時はウェブサイト「世界のウミウシ」で調べるとよくわかりますよ。昔は数見ているダイビングガイドの方が歴の浅い研究者より優位でしたが、あれを見たら帳消しですね(笑)。
――和名に関して留意したことはありますか?
和名は慣習に倣っています。名前は全ての情報を紐づける重要な要素なので、標準和名はひとつにしないと混乱が生じてしまいますよね。
たとえば、沖縄には標準和名スジアラという魚がいますが、そう言われても現地の人は誰もわからない。反対にアカジンと言えばこっちの人は誰でもわかります。でも、図鑑にアカジンと書いたら内地の人にはわかりにくい。本来、この和名はアカジンとしたほうがよかったのかもしれません。それに、そもそも標本なしに和名提唱してはいけないですからね。魚やエビ・カニあたりはかなり厳しいですよ。
――なるほど。名前を間違うと全ての情報を読み違える可能性があるので重要ですよね。掲載数については、前回は425種、今回は1260種と大幅に増えていますね。一方で掲載を見送ったものもあるとのことでした。
掲載するウミウシは論文があるものを優先し、次にみんなの見る機会の多いものとしました。上位分類群ですら確定できないものは後回しにしましたね。北方種はわからないものが多かったですね。
――数より情報の正確性を優先したんですね。そうは言っても厚み3.4cmとかなりのボリュームです。11年ぶりにウミウシに関する本を出されて、日本のウミウシに変化は感じましたか?
出現するウミウシは移ろいがあります。この年だけあちこちで見られたのが次の年ではパタッと消えたり。数年のスパンで繰り返したり。そういうのがいろんな種にありますね。全体としてはここ20年、減ってきているように感じます。
――そうなんですね。減っていくのは悲しいですね。でも変化することを踏まえて図鑑に目を向けると、点だけでなく線で見るべきこともあったりして興味深いですね。
図鑑は出版された時点で、過去のものなんです。
――確かに。図鑑を作る過程は楽しかったですか?
つらかったです(笑)。1種類に数時間かけて、まだ進まない…ストレスたるや…(笑)。それを2年…。
――ストレスと向き合いながらの2年、改めておつかれさまでした!
ありがとうございます。
――小野さんはとても苦心されていたと思いますが、読者としてはウミウシを写真で同定する上でかなり頼りになりそうです。
読者からの評価はまだ出ていないのでこれからですね。
『沖縄のウミウシ』の時は、しばらくして日本図書館選定図書に選んでいただきました。嬉しかったんですけど、年間50冊くらい選ばれるということで、「なーんだ、たいしたことないじゃん」と言ったら、「違う、たいしたことだ」と言われたような。
――全ジャンルから50冊…ですよね?すごいことですよ!
やっぱし(笑)。ありがとうございます。
夢を与えられる一冊になれば
――今回の図鑑『新版 ウミウシ』がそういったものに選ばれるかどうかはわかりませんが、愛用する人がきっとたくさんいると思います。
使ってもらえれば、もうそれに越したことはないです♡
――こんな方に読んでほしい、というイメージはありますか?
意外に小学生のウミウシファンっているんですよ。時々「会いたい」って言って来てくれるんです。図鑑好き少年だった昔の自分と重なってじわっと来ますね。
――わあ、めっちゃ素敵ですね!
内地の子は磯で採集したウミウシを水槽に入れて写真やビデオをくれたり。自作のフィギュアというか工作のウミウシを持ってきてくれたのは印象深いですね。私も作ったのあげたっけなあ。
うちの近くでキョロキョロしている人がいたので、ジョギング中に「何かお探しですか」って尋ねたら、「小野にぃにぃって人はこの辺にお住まいでしょうか」って言う子がいたり(笑)。
電話かけて直接うちまで来た親子もいたっけ。このあいだは沖縄の子で時間取れず会えなかったなあ。みんな今どうしているかなあ。
――そういう子たちが将来の研究を担ってくれるかもしれませんね!
彼らに夢を与えられるような本だったらいいですね。そうなりますように。
――本当ですね!『ウミウシガイドブック』『沖縄のウミウシ』『新版 ウミウシ』を出したことは、小野さんの人生においてどんな意味がありましたか?
中間試験と期末試験と卒業試験だった、と思います。読者のレベルがすごいですから、読者からの採点がどんどん厳しくなります。
――大人も子どももウミウシへの好奇心をもっと深めてくれたら、小野さんの苦労も報われますね。
そうなりますように!
――もうすぐダイビングガイドは卒業とのことですが、いつまでと決めているのですか?
内緒です。
――そうなんですか!小野さん現役のうちに座間味に行けたらいいなあ…。今後やってみようと考えていることはありますか?海でも陸でも構いません。
今まで撮りためた膨大な写真ファイルの分類と、空自フェスタ、陸自祭に行って写真を撮りまくること。コロナでどうなるかなあ。前にF15には乗りました。1時間くらい並んだかな。
――時間がどれだけあっても退屈しなさそうですね(笑)。それでは、最後になりますが、このインタビューの読者へメッセージをお願いします!
ライトでもヘビーでも、段階に応じて楽しさを提供してくれるウミウシの世界へ、ようこそ!!たっぷりと深みにはまると、更なる深みが待っていることに気づくことでしょう。そこへの道案内に図鑑『新版 ウミウシ』が役立ってくれれば幸甚です。
図鑑『新版 ウミウシ』著者 小野 篤司
取材・編集 川添 繭
提供 世界のウミウシ