小野 篤司さんへのインタビュー続きです。今回はウミウシの面白さに迫ります。
ウミウシはつまらない存在!?
――初めてウミウシを見たのはいつ頃だったんでしょうか?
伊豆海洋公園で働いている頃ですね。益田さんが「お前ら無脊椎も撮っとけよ」と言うので仕方なくヤマトウミウシあたりを撮っていました。その写真は今回の図鑑にも使っています。
でも、魚もまだまだ日本未記録種がいた頃ですから、魚を見つける方が好きでしたね。無脊椎は今ひとつつまらなくて。あまり研究の進んでいないものもたくさんあり、多くのウミウシが名前もわからなかったんです。図鑑にも「ウミウシの1種」とか。
――脇役どころか、エキストラくらいの存在感ですね。ウミウシが小野さんにとって特別なものになっていったのは、いつ頃のことだったんですか?
座間味に移住してしばらく経った頃、今から20年少し前ですね。水中写真が身近になってきた影響もあり、あちこちでウミウシブームの火がポッと上がるんですが、すぐ消えちゃうんです。それの繰り返しで。
とりあえず座間味には何種くらいいるのかなと調べ始めましたが、1年で70種くらいがやっとでした。そこへ昔からのゲストがウミウシガイドしてほしいと言って来られて、試行錯誤の末、ウミウシの見つけ方を会得しました。ちなみにその方は今回の『新版 ウミウシ』にも多数の写真を寄せてくださっています。
それで、ウミウシ写真を多数掲載したホームページをアップしたところ、たまたまTBSブリタニカ編集者の目に留まり、『ウミウシガイドブック 沖縄・慶良間諸島の海から(1999年)』をつくることになったんです。
その頃、デベリウス(Helmut Debelius)という人がインド・太平洋のウミウシ図鑑『Nudibranchs and Sea Snails: Indo-Pacific Field Guide(1996年)』を出版したんですが、これが刺激になりました。日本の研究者にもわからなかったウミウシが海外ではどんどんわかってきていて。それで本にしようと。
――沖縄からスタートされたんですね。
沖縄では嘉手納基地内にあるメリーランド大学のボーランド先生、ボブさん(Robert F. Bolland)がウミウシを研究していたんですよ。標本をどんどんCalifornia Academy of Sciencesのゴスライナー氏(Terrence M. Gosliner)に送って。そのために南方種においては内地より研究が進んでいたんです。
ゴスライナー(Terrence M. Gosliner)…ウミウシの権威。「世界のウミウシ」も、『新版 ウミウシ』も氏の『Nudibranch & Sea Slug Identification – Indo-pacific』がベース。
私が『ウミウシガイドブック』をつくっている時、ボブさんはすでに20年以上にわたり沖縄のウミウシをアメリカの研究所に送って分類研究に貢献されていました。沖縄のウミウシを語るうえで、なくてはならない人です。また、彼しか持っていないウミウシの写真というのがあるので、日本のウミウシ図鑑をつくるには彼の協力なしにはなしえません。会いに行ったことがありますが、彼らの博物学という学問への認識が、日本人とは違うのを感じました。ちなみに2013年に退職して今は沖縄を離れユタ州にいます。
――ウミウシの本づくりは楽しかったですか?
そうですね。本来、置くべき場所がわかっているピースをはめていくだけのものより、わからないのを考えたり、新しい情報で場所を決めたりする方が好きで。
ウミウシはまだ研究が進んでいない分、わかりそうでわからない、でもわかってきたところからだんだん類推できてくる、というのが面白いですね。
――研究の遅れについては今回のあとがきでも触れられていましたよね。使命感のようなものはありましたか?
全くありません。将来いい研究者が出てくるのを祈るばかり。ミノウミウシ研究を誰かやってくれるといいなあ。新種記載レベルで。内地はまだわかっていないミノウミウシが多いんですよ。属や科すらあやしいのもたくさん。温暖なインド・太平洋の多くのサンプルからも類推できないような。
――まだまだあやふやな世界なんですね。「生態より進化について考えるのが好き」と著者プロフィールにありましたが、そういうことですか?
それはまた別です。図鑑で現時点のありようを掴んでいて過去を掘り下げていくと、3次元的な広がりになりますよね。そのキーとなる形態の一部や食性、繁殖行動なんかを見つけていくのは面白いと思うのですが、あそこに書いたのはそういうことです。分子系統解析を合わせてみていく。
ヘッケルの個体発生は系統発生を繰り返すって考え方があって、これは否定されているんですが、そう無下にしないでよ~というのが私の考えなんです。形態的な進化だけでなく、生態でもそういうのはある。種の進化で分岐しても、幼体のときは以前の種の食性を残してる、とかね。特に食性は顕です。でも、誰も論文にしていないでしょう。面白いと思うけど。気がつかないのかもね。ダイバーは見ていた!(笑)
――現時点から遡って進化の道筋を見つけていくんですね。果てしないけれどロマンを感じます。
見る・撮るだけじゃない!ウミウシの楽しみ方
――ところで、この間Twitterで繋がっているダイバーにアンケートしたところ、ウミウシを好きな理由は「見つける喜び」が最多だったんです。小野さんの見つけて嬉しかったウミウシについて伺ってもいいですか?
「やったー!」と思ったのは何十回もあって記憶しきれていないんですが、タチアオイウミウシの完全個体を見つけた時は嬉しかったです。1年に1個体出るかどうか、という稀種なんです。それまで何個体か見ましたが、鰓の前の突起が損傷したものばかりで。
あとは、オーストラリアの分厚い軟体動物の本を見ていたら、アオサンゴにつくウミウシが載っていたんですよ。インド洋に棲む種なのですが、さっそく座間味で探してみたら見つかって。「やった、こっちにもいるじゃん」と。和名はマンジュウウミウシです。
タチアオイウミウシも、マンジュウウミウシも、今回の図鑑『新版 ウミウシ』にも出ています。
――なるほど。見つける難しさでいうと、小さいほど見つけにくいですが、これまでで見た最小のウミウシはどれくらいのサイズですか?
1ミリ半くらいかな。
――1ミリ半!
もう老眼・白内障で厳しいですけどね。ゲストの方がよっぽど得意ですよ。時々小さすぎて驚かされます(笑)。小さいのは指差されても見えないですが、見つけた人は不思議と見えているんですよね。私はそこでルーペを使います。
――ルーペを使うのはいい手ですね。ダイバーやウミウシ愛好家にチャレンジしてほしいウミウシを挙げるとしたら何がありますか?
まずは、かつて「センテンイロウミウシ」としてひとくくりにされていた種が今どうなっているか、私の図鑑で確かめて、差異に注目しながらご自分の写真を分けてみてもらいたいですね。普通種たちです。
レベルが上がってきたら、キヌハダの仲間ですね。すっごいたくさんいるので、分ける楽しみがありますが!難しい(笑)。
――この差異を見つけるのは大変ですね!図鑑で名前を調べるために撮影時に注意すべきポイントはありますか?
見分けるためのキーになるところさえ写っていれば大丈夫ですよ。自分にとっていい角度を先に押さえておいて、捨てカットでキーのところを写しましょう。どこがキーになるかは図鑑に出ています。たとえば鰓の形状がキーになるなら、横からだけでなく真上からのカットを忘れずに押さえるといいですよ。
――では、ウミウシについては最後になりますが、数多くのウミウシを見ていくことで気付く面白さについて教えてください。
隠蔽種の存在は面白さのひとつですね。はじめは変異だろうと思っていても、多くの個体を見ていくうちにメインの個体群の色彩との間にスキマを感じるようになるんです。つまり、繋がらない。独立種じゃないかと。
もちろん隠蔽種はどんな生物群でも存在しえます。マンタやササノハベラが2種類になったように、似ているけど別種じゃないかなあって楽しみは誰にでも!けれど、ウミウシはそれ自体詳しい研究が始まったばかりですから、まだまだわからないのがたくさん出てきて楽しいですよ。図鑑に出ていないってわかったら、ヤッター!って。